ペットちゃん
お悩み相談室
獣医師コラム
こんにちは。
株式会社レティシアン 専属獣医師の金子 潤です。
動物病院やペットサロンで歯みがきをするように指導されたけれど、
愛犬・愛猫が嫌がってしまってなかなかうまくいかない…、
というオーナー様も多いのではないでしょうか。
口の中のトラブルは、病気が進行するまで明らかな症状が出ないことも多く、
「愛犬・愛猫の歯が抜け落ちて初めて病気の存在に気付いた」というケースもあるため、
日々のデンタルケアがとても重要です。
今回は、知っているようで意外と知らない
「ワンちゃん・ネコちゃんの歯みがきの重要性」や
「歯みがきトレーニングの進め方」
について解説していきます。
歯みがきは何のためにするの?
人間の歯みがきは、「虫歯の予防」「歯周病の予防」という2つの目的のために行います。
ワンちゃん・ネコちゃんの場合、虫歯になることがほとんどないため、「歯周病の予防」を主な目的として歯みがきを行います。
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ワンちゃん・ネコちゃんに
虫歯が少ない理由
理由
1
口内環境の違い
人間は口の中が弱酸性(pH6程度)なのに対し、ワンちゃん・ネコちゃんは口の中がアルカリ性(pH8~9)になっていて、虫歯菌が繁殖しにくい環境になっています。
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理由
2
歯の形の違い
人間の奥歯は「臼歯」という名前のとおり、食べ物をすりつぶすため臼のような平らな形をしています。これに対して、ワンちゃん・ネコちゃんの歯は食べ物を細かく切り裂くために尖った山のような形をしています。虫歯菌は歯にくっつく力があまり強くないため、平らな面の少ないワンちゃん・ネコちゃんの歯では定着しにくいといわれています。
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理由
3
唾液の成分・食べ物の違い
炭水化物を主食とする人間は、でんぷんを分解して糖を作る「アミラーゼ」という酵素が唾液に多く含まれているため、口の中に糖がとどまりやすくなっています。
これに対し、ワンちゃん・ネコちゃんはタンパク質が主体の食事を摂り、唾液の中にアミラーゼがほとんど含まれないため、口の中に糖がとどまりにくくなっています。
そのため、糖をエサにする虫歯菌がワンちゃん・ネコちゃんの口の中では繁殖しにくいと考えられています。
虫歯と歯周病はどう違うの?
虫歯も歯周病も「歯垢に含まれる細菌」が主な原因となるのですが、原因となる細菌の種類や病気の発生する部位が異なります。
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「 虫歯 」
虫歯は、虫歯菌が作り出す酸によって歯の表面が溶けて穴が開いてしまう「歯の病気」です。
虫歯の初期段階では目に見える症状は出にくく、虫歯の穴が歯の神経(歯髄)まで到達すると痛みや炎症、細菌感染などを引き起こします。
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「 歯周病 」
歯周病は、歯周病菌が作りだす毒素によって歯ぐきや顎の骨などが壊されてしまう「歯の周りの組織の病気の総称」です。これらの組織は歯を支える土台の役割を果たしていて、歯周病が進行すると歯が抜け落ちてしまったり、顎の骨が折れてしまったりすることがあります。また、歯周病菌が血管を通って全身の様々な臓器に悪影響をすることもあるといわれています。
歯垢・歯石って何?
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「 歯垢 」
しこう
歯に付着した細菌のかたまりのことを「歯垢」と呼びます。
歯垢を構成する細菌は、歯に付着するために「バイオフィルム」というネバネバした膜を作ります。これは、おうちの排水溝や水周りのヌルヌルした汚れと同じ成分で、細菌の抵抗力を強めるバリアとして働き、細菌の増殖を補助しています。
水周りの汚れが「こすり洗い」をしないと落ちないのと同じように、歯垢も「歯みがき」によって物理的に破壊・除去をする必要があります。
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「 歯石 」
しせき
唾液の中のミネラルが歯垢と結合して、石のように硬くなったものを「歯石」と呼びます。
歯石が歯周病の原因だと思われてしまうことが多いのですが、歯石の中にいる細菌は死滅しているため、歯石そのものには病原性はないといわれています。
しかし、歯石の表面はザラザラしていて新たな歯垢が付着しやすいため、歯石が多いほど歯周病が悪化・進行しやすい傾向があります。
歯石は歯の表面と強固に付着しているため、歯みがきなどのご自宅のケアでは取り除くことができません。歯周病の治療や予防のために、定期的に動物病院で歯石除去の処置をしてもらいましょう。
うちの子は大丈夫?
歯周病チェックリスト
ワンちゃん・ネコちゃんの歯周病発生率はとても高く、「2歳以上のワンちゃんの80%以上、2歳以上のネコちゃんの70%が歯周病にかかっている」という研究結果もあるほどです。
健康な歯を1本でも多く残してワンちゃん・ネコちゃんの生活の質を維持してあげるために、歯周病を早期発見・早期治療することが重要です。
下記のしぐさ・症状がみられる場合は、口の中に何かしらのトラブルが発生している可能性があるので、動物病院で口のチェックをしてもらいましょう。
- お口のニオイが気になる
- よだれが多い
- 歯がぐらぐらしている、抜けてしまった
- 硬いものを食べなくなった
- 左右どちらかの歯でしか噛まない
- 口を開けにくそうな様子がある
- 食欲はありそうなのに、あまり食べない
- 口から血や膿が出る
- 何かを噛んでいて突然痛がることがある
- 目やに・涙が増えた
- くしゃみ・鼻水・鼻血が出る
- 頬や顎が腫れている
- 食事を口からこぼすことが増えた
- 口元をこすりつけることが多い
- 口周りや前足の毛が常に濡れている・毛が固まっている・毛に色が付いている
歯周病の予防
歯周病の予防は「ご自宅でのケア」と
「動物病院でのケア」の二人三脚で
行います。
ご自宅でのケア
歯みがき
動物病院でのケア
歯石除去
人間の予防歯科と同じように、ご自宅での歯みがきによって歯垢・歯石の蓄積を予防し、歯みがきだけでは落としきれなかった歯垢・歯石を動物病院で定期的に除去してもらうことが理想的です。
特に重要なのが、毎日ご自宅で行っていただく「歯みがき」なのですが、正しいステップを踏んでトレーニングをしてあげないとワンちゃん・ネコちゃんは歯みがきを嫌がってしまい、口元を触ることすら嫌がってしまう可能性があります。
ここからは、ワンちゃん・ネコちゃんが歯みがき上手になるためのトレーニングについて解説していきます。
歯みがきトレーニングの進め方
人間の赤ちゃんと同じように、最初から嫌がらずに歯みがきを受け入れてくれるワンちゃん・ネコちゃんはいません。まずは「歯をキレイにすること」よりも「歯みがきに慣れてもらう」ことを目標にして、少しずつ練習していきましょう。
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リラックスして行うこと
オーナー様が「がんばって歯みがきをするぞ!」と意気込んでいると、その緊張感がワンちゃん・ネコちゃんにも伝わってしまいます。肩の力を抜いて「歯みがきを楽しいスキンシップの延長」にすることを意識してみましょう。
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嫌がったらすぐに中断する
ワンちゃん・ネコちゃんが嫌がっているのに無理に続けてしまうと、どんどん歯みがき嫌いが悪化してしまいます。少しでも嫌がる仕草がみられたらトレーニングを中断して、時間を空けてから再開するようにしましょう。
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トレーニングは短時間で
歯みがきに慣れるまでは、ワンちゃん・ネコちゃんの集中力も長く続きません。嫌がる様子がなくても、初めのうちは30秒~1分程度でトレーニングを終わらせるようにしましょう。
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できることから一歩ずつ
ワンちゃん・ネコちゃんが嫌がらずにリラックスしてできるようになるまでは、次のステップには進まないようにしてください。各ステップに数週間~数ヶ月の時間をかけて構わないので、ゆっくり一歩ずつステップアップすることを意識しましょう。
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STEP
1
「口の周りを触られること」に慣れてもらう
用意するもの
細かくちぎった
おやつのかけら
ワンちゃん・ネコちゃんの顔の前におやつのかけらを差し出し、ニオイを嗅がせてあげましょう。おやつに気を取られている間に口の周りを指で触り、ほめ言葉をかけながらおやつを与えます。
嫌がる様子がみられる場合は、触っても嫌がらない場所からトレーニングを始めて、少しずつ触る場所を口の近くに移動してみましょう。
口元を嫌がらずに触らせてくれるようになったら、唇をめくってみたり、歯や歯ぐきを軽く触ってみましょう。
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STEP
2
歯の表面をこすってみる
用意するもの
細かくちぎった
おやつのかけら
デンタルシートやガーゼ
お水やデンタルジェル
ペット用のデンタルシートや薄手のガーゼなどを指に巻き付けて、ステップ①と同じことをしていきます。慣れてきたら、歯の表面を少しずつこすってみましょう。
このときにデンタルシートやガーゼが乾いていると、摩擦が大きくなり不快感や痛みにつながる可能性があります。お水やペット用デンタルジェルなどを使って、デンタルシートやガーゼが常に濡れている状態をキープしてあげましょう。
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STEP
3
歯の裏側を触ってみる
用意するもの
細かくちぎった
おやつのかけら
デンタルシートやガーゼ
お水やデンタルジェル
歯の裏側や下顎の奥歯は、ワンちゃん・ネコちゃんが口を開けてくれないと触ることができません。ステップ①~②で口や歯に触られることに慣れたら、口を開けるトレーニングに進みます。
まずは、ワンちゃん・ネコちゃんの上顎を片手でやさしく持ち、もう片方の手を使って口の中におやつのかけらを入れてみましょう。慣れてきたら、下顎を軽く押し下げて口を開けてみたり、ステップ①~②と同じ手順で歯の内側を触ってみたり、デンタルシートでこすってみましょう。
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STEP
4
歯ブラシを使ってみる
用意するもの
細かくちぎった
おやつのかけら
デンタルシートやガーゼ
お水やデンタルジェル
指を使った歯みがきを嫌がらずにできるようになったら、指の代わりに歯ブラシを使ってステップ①~③と同じ手順でトレーニングを行います。
ワンちゃん・ネコちゃんが口の中で感じる感触が大きく変わるので、デンタルシートやガーゼも併用しながら、少しずつ慣れさせてあげてください。
また、デンタルシートやガーゼと同じく、歯ブラシの毛先が乾いていると不快感や痛みの原因となってしまうので、必ず濡れた状態をキープしてあげてください。
歯ブラシの選び方・使い方
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歯ブラシの選び方
ペット用として販売されている、ヘッドの小さな歯ブラシをご使用ください。
人間用の歯ブラシはワンちゃん・ネコちゃんの口に対してヘッドが大きく、歯ブラシの毛も硬いため、不快感や痛みを与えてしまう可能性があります。
各メーカーから様々な形状の歯ブラシが販売されていますが、オーナー様が扱いやすく、ワンちゃん・ネコちゃんが嫌がりにくいものであれば、どの形状の歯ブラシを使っていただいても構いません。
オーナー様の指にはめて使う「指サック型」の歯ブラシは奥歯や歯の裏側に届きにくいため、デンタルシートから歯ブラシへ移行する間のトレーニングに使用し、最終的には柄のついた歯ブラシで歯みがきができることを目指しましょう。
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歯ブラシの持ち方
余計な力が入りにくく細かい操作が可能な「鉛筆持ち」をおすすめしていますが、オーナー様が操作しやすく、ワンちゃん・ネコちゃんが嫌がりにくい方法であれば、どのような持ち方でも構いません。
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みがくときの力加減
人間の歯みがきよりも力を抜いて、優しく行うことを意識してください。
歯ブラシの毛先が軽くしなる程度の力加減で十分です。
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歯ブラシの当て方
歯に対して45°の角度を付けて歯に当てることを意識しましょう。この角度で歯に当てることで、歯ブラシの毛先が歯と歯ぐきのすき間(歯肉溝・歯周ポケット)に入りやすくなります。
効果的な歯磨き方法...
「バス法」
「フォーンズ法」
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歯に対して45°の角度で当てた歯ブラシを水平方向に細かく動かして、歯肉溝・歯周ポケットの汚れや歯垢をかき出す方法です。
歯が小さな小型犬やネコちゃんの場合、この「バス法」で歯をみがくことを意識してあげましょう。
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円を描くように歯ブラシを回しながら動かして、歯の表面をみがく方法です。歯が大きな中型犬・大型犬のワンちゃんの場合、「バス法」だけでは歯の表面の汚れが取りきれないので、「バス法」と「フォーンズ法」を組み合わせて、歯肉溝・歯周ポケットの清掃と歯の表面の清掃を行ってあげましょう。
よくある質問
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A
「楽しいスキンシップの延長」として歯みがきを習慣化するためには、1日1回歯みがきトレーニングを行うのが理想的です。
ただし、ワンちゃん・ネコちゃんが歯みがきトレーニングに慣れてくれるまでは
「毎日、すべての歯をみがく」のはとても難しいです。
まずは「1日1回、口の中の3分の1ずつみがく」ことを目指してみましょう。
1日ですべての歯をみがかなくてもいいの?
ワンちゃん・ネコちゃんの歯周病リスクを減らすためには、
「歯垢が歯石になる前に、歯みがきで歯垢を取り除く」ことが重要です。
歯垢が歯石に変化するまでに、ワンちゃんは3~5日、ネコちゃんは約1週間かかるため、少なくとも「3日間の間にすべての歯をみがく」ことができれば、歯石の沈着を防ぐことができます。
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Q
歯みがきはどんなタイミングで行えばいいですか?
A
ワンちゃん・ネコちゃんの歯みがきは、必ずしも食後に行う必要はありません。
ワンちゃん・ネコちゃんもオーナー様もリラックスして行えるタイミングで歯みがきトレーニングをしてあげてください。
-
A
歯周病は歯周ポケットの中で進行していくので、歯みがきによって「歯周ポケット内の歯垢」を取り除くことが最も重要です。
歯みがきグッズの中で、歯周ポケットの中まで届くのは歯ブラシだけなので、
歯ブラシ以外のグッズは「歯ブラシに慣れるまでの練習」「歯ブラシを使った歯みがきの補助」として使うことをおすすめします。
歯みがきガムは、歯が十分にめりこむ前に砕けてしまうので、歯の先端部分の歯垢しか除去できず、ガムを噛むために使う歯にしか効果が期待できません。
あくまで「歯みがきの補助」「ご褒美・おやつ」として使用しましょう。
また、歯みがきガムを与えるときは、できるだけすべての歯を使って噛んでもらえるように、
ガムの端をオーナー様が手で持って、左右に動かしてあげることをおすすめします。
-
Q
野生の動物が歯みがきをしなくても大丈夫なのはなぜですか?
A
野生の肉食動物は、獲物となる動物の毛・皮膚・筋肉・内臓・骨を小さくかみ砕いてから飲み込んでいます。
「焼き鳥のかわ」や「焼肉のホルモン」をイメージしていただくと分かりやすいかもしれないのですが、強靭な繊維組織によって構成されている動物の皮や内臓を小さく咬み砕くには、強い力で何度も咬んだり引っ張ったりする必要があります。このときに歯の表面に付着した歯垢がこすり取られるので、野生の肉食動物では歯周病が発症しにくいと考えられています。
また、野生の肉食動物が食事をする際に、
獲物となる動物を「捕らえる」⇒「仕留める」⇒「切り裂く」⇒「咬み砕く」⇒「飲み込む」
という一連の動作を行います。これらの動作にはそれぞれ異なる歯を使用するため、毎日の食事を通してすべての歯が自然とみがかれているのです。
ペットフードを主食とするワンちゃん・ネコちゃんは、食事の際にこれらの動作を必要とせず、歯をほとんど使わないため、歯垢がたまりやすく、オーナー様が歯みがきをして歯垢を取り除いてあげる必要があるのです。
歯周病は、人間と暮らすことによって生じた「ワンちゃん・ネコちゃんの現代病」とも言えるかもしれません。
まとめ
今回は、ワンちゃん・ネコちゃんの
歯みがきについて解説いたしました。
最も重要なのは、歯みがきを
「楽しいスキンシップの延長」
として習慣化することです。
ワンちゃん・ネコちゃんもオーナー様も
リラックスして、
できることを
1つずつ増やしていきましょう。
ワンちゃん・ネコちゃんが歯みがきを
どうしても嫌がってしまう場合は、
すでに口の中にトラブルが発生している
可能性があるので、
動物病院で
口の中をチェックをしてもらいましょう。
金子 潤
Jun Kaneko
株式会社レティシアン 専属獣医師
日本ペット栄養学会 正会員
一般社団法人 日本獣医動物行動学会 会員
公益社団法人 日本動物福祉協会 賛助会員